こんにちは(^∇^)
日頃サロンで活用しているビーワンシステム。
ビーワンの組合では技術やマーケティングなどの勉強にあわせて
こころの勉強もしています。
久保先生の技術勉強会では技術とこころ同時進行で進んでいきます。
物心両面をととのえること。
そのお手伝いをするのが私たちビーワニストの役割なのかもしれません。
今日は、美容室みどりLoveEarthのコアなファンの皆さまに(笑)
組合のFBページから引用してお届けします。
長~いのでお時間ある時に読んでください。
私も、いま一度しっかりと心に刻みます♪
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4/1関西ブロックBSCセミナー(久保晴雄講師)のアンケートで ご質問をいただきました。
Q)どうしたら 素直に受け入れられるか?
↓↓
「素直」とは何でしょう。
人それぞれ違うと思うんですが、英語にはない言葉だそうです。
自分が思うには こんな理解も良いかな、と…
字を分解してみると
「素」 → 「主」と「糸」にわかれます。
「主」とは何か。
その、偉大なるものと、糸で直(ちょく)に繋がっている
そう考えても良いですネ(ワクワクするね)
137億年前、ゆるぎしかなかった。
そこに コツンと動かしたエネルギーが在る。
その 意識
「主」とは、この絶対なるエネルギーではないかと。
有情・無情 全ての世界に 注ぎ込まれているエネルギー。
私達は、このエネルギーから、絶対に離れる事はないのです。
宇宙から満遍なく降り灌(そそ)いでいます。
(宇宙を構成しているダークマター粒子は 毎秒数百億個
ニュートリノはもっと凄く、毎秒数十兆個もが、人体や地球をすり抜ける)
子供は、何故 素直なんでしょう。
水がいっぱいで、きれいだからだと思います。
(受精卵を見ると、97~99%が水
出生児は80%が水
でも、水道水ではありません)
こんな本に出逢いました。
『みすゞさんのうれしいまなざし』 矢崎節夫 (著)
この中で、『からだは星からできている』(春秋社)という本の中に
佐治晴夫先生が、とても印象的な詩を載せていらっしゃいます。
『あしあと』
原作はカナダのマーガレット・F・パワーズという人が書いたもの
人から人へと伝わり 広がった詩だそうです。
要約すると
「ある人が夢のなかで 神さまとなぎさを歩いていました。
夜空には 過ぎ去った日々が 映像となって映っていました。
そこには、いつも二人分のあしあと
ひとつは自分のもの
ところが、最後の場面になった時、あしあとはひとつだけでした。
そこで、神さまにたずねます。
『いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜわたしを捨てられたのか、わかりません』
神さまは、ささやきます。
『わたしの大切な子よ
わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みのときに。
あしあとがひとつだったとき、私はあなたを背負って歩いていた』
ローマのサン・ピエトロ大聖堂にある ミケランジェロの「ピエタ」を見ると
神さまは、「抱きいだく」というイメージがあるそうです。
そして、阿弥陀さまは、「背負う」というイメージがあるようです。
お釈迦さまや、阿弥陀さまという仏さまは、
私たちと共に歩いてくださっているのだと
共に歩くとは、隣にいてくださるのではなくて
私と 一体になって 歩いてくださっているのです。
ですから、私のうしろに続くあしあとは ひとつ なのです。
私が仏さまとお出逢いした時から、
仏さまは、私と共に一体となって、歩いてくださっていたのです。
私が歩く時、共に歩いてくださり
私が急ぎ足になる時、共に急いでくださり
疲れてよろめいた時、共によろめいてくださるのです。
いえ、もしかすると
私が 私のあしあとだと考えていたあのあしあとは
実は 仏さまのあしあとだったのかもしれません。
自分はいつもひとりぼっちだと思っても
“誰も ひとりぼっちの人は いないのです”
“ただ、自分のなかにいてくださって”
共に歩いてくださっている大切な存在に
その時、まだ気づいていない ということなのでしょう。
そしていつか、もとのお家に帰る時、
共に歩いてくださった仏さまが、そっと、私たちの前に出て
私たちを背負ってくださるのかもしれません。
そう思うと こころが 落ち着きます。
いつか、しっかりと こう思える自分になりたいと思っています。
* * * * * * *
と 綴っていらっしゃいます。
よかったら
『みすゞさんのうれしいまなざし』(矢崎節夫 著)
『からだは星からできている』(春秋社)(佐治晴夫 著)
読んでみてください。
答えになっているのかどうか 自信がありませんが
少しは 感じてもらえるのではないかと思います。
“ビーワン” あなたは 何と ひとつになるの
久保 晴雄